夫婦善哉!

Fw14Hinさんのリクエストにお応えしようとFW14のRCの画像をアップしようとしたのですが、時既に遅し、引越しの荷造りの為、出せない状態ですので、拾い物の実画像と、記憶の解説でお送りいたしますぅ。(ばき)

ボディはタミヤ製ですが、フロント・リヤウイング・シャーシは京商製です。
京商は当時F1のRCにかなり力を入れていて、シャーシだけでなく、各種ボディ・オプションパーツが豊富に販売されていまして、パーツ類は偶然模型屋で入手した次第。(^^;
前の日記のマクラーレンに付けていたメゾネットウイングも京商のオプションパーツでした。

ラジコン復帰直後、これをサーキットでヨタヨタ走らせていると、「おおっ!」と同好の志が声を掛けてくれて、いろいろ親身になって教えて下さったのは大切な思い出です。(^^)

F1にのめり込むようになったのは、タミヤのミニ四駆にニフティの会議室ではまりまして、その派生車のミニFのシャーシに、いろんな年代のボディを搭載して「スケールモデルで競技する」ことに目覚め、実車の資料を集め出したのがきっかけでした。
ミニFのボディを加工したり、デカールを準備するのにえらい苦労した経験からすると、「F1のRCはボディやステッカーが探せばそのまま使えるのが出てくる」という事実には驚きました。(^^;
ポリカボディはラッカークリヤ塗らなくても艶々ですしねえ。本当に楽ですよ。(^^)

ただ、クラッシュした時の金銭的・精神的被害は格段にこちらの方が上でしたが...。(^^;
おろしたてのボディを載せたマシンが、コースの縁石に乗り上げ、そのまま大ジャーンプ!
側転を繰り返した挙句、ひっくり返って停止...。フロント・リヤウイングはひしゃげ、インダクションポッドも凹んだ…のは最初にロータス102のボディをマクラーレンMP4/5もどきに塗った奴です。結構本気で仕上げたのに…。(;_;)

ですので、アンテナはインダクションポッドから出す、しかも、アルミのステーをインダクションポッド内に設けてアンテナパイプを差し込むアルミの中割れパイプを外に少し覗かせることで、転倒時のボディのへしゃげを防いでおりました。

ねえ実車FW14の話、聞きたい???
そう、聞きたい?!(誰もゆーとらん!)

では(ばき)、うんちくではなくて感想を少々。(^^;
FW14のカラーは素人目にも美しい色でした。キャメルイエロー・紺・白そしてCANNONの赤いロゴ。
又、他車にないインダクションポッドのくびれ、そして見かけ上ハイノーズでないところなど、その造形は溜息が出るほど美しかった。
で、ど派手なマンセルのヘルメットとの組み合わせで完璧、とあいなるわけです。

「マンちゃん」と多くの日本人に親しまれたナイジェル・マンセルの人となりで共感するのは、ご夫婦で苦労を分かち合った末にワールドチャンピオンを手にしたところ。
当時いろんな女性と浮名を流すレーサーが多い中、奥さん一筋!(ウェイン・レイニーもそうだったそうな♪)その奥さんを○ス呼ばわりしたネルソン・ピケと喧嘩したりして。(^^;
成功した途端に、それまで自分を支え続けてきたパートナーとあっさり(傍目には)別れたりする例って時々あるじゃないですか。

マンセルがワールドチャンピオン獲得した時に、奥さんが「本当に長く待ちました」という意味の言葉を言っていたと聞いて「パートナーの夢を自分のこととして受け止めてくれるなんて、なんと素晴らしい!」と感動しました。(;_;)
ああ、我が妻も私の夢を自分のことのように...でもそれが2スト3台目なら「却下!(ーー#;」で終わりだな。(ばき)

お後がよろしいようで...。m(__;m

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セナ!セナ!セナ!その2

Sn340239 タミヤのF1RC、F103の第2弾行きます!

アイルトン・セナ最後のマシン、ウイリアムズ・ルノーFW16ロスマンズカラーです。ロスマンズカラー(というか白紺系統)は大好きですねん。(^^)

ボディは、ザウバーをロスマンズカラーに塗ったものと、F1サーカスのオリジナルに忠実な造形のものの2種類あります。
実はロータス102ベースのものもあるんだけど、出すのがめんどくさいので...。(^^;

造形的にこだわったのがウイング。
Sn340233
フロントは中央に出っ張りがあって、サイドもFW14とは違います。
FW18のものを加工しました。
リヤウイングは、逆V字型のを再現したサードパーティー製があったので、F1工房の方から入手し、加工して取り付けました。
これが、操縦ミスでひっくり返った時は、「あー!」と絶叫し、己が未熟さを心底呪いましたよ...。(;_;)
今回は実車話はやめましょう。やめたい、長くなるから...。でも...。

余りにも運の悪いことが立て続けに起こったことと、ベネトンの給油装置の不正。
移籍直後に満面の笑みを浮かべた後は、そのシーズン中、彼の笑顔を見ることは出来無かった。

アイルトン、貴方は、後悔はしていなかったのでしょう。
けれど、私は貴方を見ていて辛かった...。
Sn340241
最近、MIXI経由でTRGというメーカーから、このタイプのボディが格安で発売されている情報を入手し、当面は走らせるのに困らないとわかり安心しております。ファンの熱意の為せる業ですね。
ありがとうございます。(^^)
あとはデカールの作成ですね。毎回FW18用をヤフオクで探すのは辛いものがあります。(^^;
Sn340242 

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セナ!セナ!セナ!1

セナ!セナ!セナ!1
セナ!セナ!セナ!1
セナ!セナ!セナ!1
セナ!セナ!セナ!1
セナ!セナ!セナ!1
このブログの話題として想定してたのが、F1のラジコンでした。
ミクシィの方でそのコミュニティを見つけまして、話題作りとしてやっとこさ重い腰を上げることにしました。(^_^;)

では、その第1弾行きます!

MP4/8ハンガリーGP仕様モドキです。(管理人注:間違ってポルトガルGP仕様と書いてました。m(__;m)
シャーシはタミヤのF103、ボディは多分F1サーカスのMP4/9。
フロントウイングはタミヤのザウバー用をそれらしくカット。リヤウイングは京商のオプションパーツ。
自作ステッカーで仕上げました。(^_^)

このウイングが偶然入手出来たので、ハンガリーGP仕様を作ろうと思い立った次第。

実車の話をすると、ホンダがF1から撤退した翌年、フォードエンジン、しかも最新スペックではないカスタマーエンジンでルノーやベネトンと戦わなくてはならなかったマクラーレンとセナ(とマイケル・アンドレッティ)。
前年、ウィリアムズのアクティブサスペンションに散々苦しめれたマクラーレンのロン・デニスは、あろう事か、ウィリアムズのアクティブサスの技術者を引っこ抜いて、マクラーレン製のアクティブサスを作らせるという成り振り構わない手段に打って出る。
その甲斐あって、シーズン直前まで去就を決めていなかったアイルトン・セナがマシンの素性の良さを気に入って、マクラーレンをドライブする事になった。
但し、契約金が不十分だったのか、1戦事のスポット契約という異例の事態であり、その煽りを食ったのがミカ…ええい、話しが長くなるぅ!(/--)/

セナのドライブで雨でのレースでは勝てる時があるものの、ドライではルノーエンジンには歯が立たなかった。
後半、フォードの最新スペックエンジンが供給される事になった(ロン・デニスは魔法使いか!?)が、セッティングが決まらず、低迷。(^^;

はあ、ここまでが長かったぞ!(ハァハァ)
レースではセナはリタイアしてしまいますが、それもマシンの性能をぎりぎりまで引き出しても勝てるかどうかという、綱渡りのようなドライビングの末の事。
この特徴的なリヤウイング(名前忘れたー。誰か教えて!)がなんとも印象的でした。

マイケル・アンドレッティはこの後アメリカに帰ってしまう。(^_^;)そこで控えに回っていたミカ・ハッキネンがセナのコースレコードを破ったのが、ポルトガルGP。セナはコンピュータとにらめっこして何故記録が破られたのか必死になって考えたそうですが、当のハッキネンは「いくつかのコーナーで僕の方が速かった、それだけです。」とケロリ。世代の交代を感じさせる出来事のように思いました。

最後の鈴鹿での勝利を飾ったのはこのマシンなんですよね。
最終戦、勝てるマシンを作り上げたマクラーレンのスタッフに感謝の言葉を述べつつ、ウィリアムズに移籍する事を既に決めていたセナの心境はいかばかりであった事でしょうか。
彼にとってマクラーレンこそ家族であり、居場所であったというのに…。
(翌年のあのプジョーエンジンのマシンにセナが乗ったとしてもかわいそうではありますが…)
続きはいつだー!?

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訃報

312b3元F-1ドライバーのクレイ・レガッツォーニ氏が、12/15イタリヤで交通事故でお亡くなりになったことを今日知りました。

ホンダのCM「Do you have a Honda?」で、車椅子のヒゲのおっちゃん(失礼)がNSXでサーキットを駆け抜けていくのを記憶されている方は多いのではないでしょうか?

1974年のグランプリはフェラーリにとって夜明け前のような状態でした。マウロ・フォルギエリ設計の水平対抗12気筒エンジンの熟成とフェラーリ初のフルモノコック(アルミよ)マシン312B3を得て、最後までエマーソン・フィッティパルディとタイトル争いを演じたのが、レガッツォーニ氏でした。
マシンのアンダーステアが解消されなかった為か、タイトルを逃してしまいますが、翌年名車312Tでドライバーズチャンピオンを得たニキ・ラウダをフェラーリに招いたのはレガッツォーニ氏。いろんな意味でフェラーリに大きな貢献をしており、現フェラーリ社長、ルカ・モンテゼモーロ氏(当時はチームマネージャー。この人の手腕も名門フェラーリ復活の原動力でした。)も同氏の訃報の発表の時に謝辞を述べられています。

最後まで車好き、ファイティングスピリットを示して私たちの心に感動を与え続けて下さったレガッツォーニ氏のご冥福を心よりお祈り致します。

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